「好かれる人」になるということ 中村天風の言葉を、自分の人生に置いてみる
「人に好かれる人になりなさい」
子どもの頃なら、素直にうなずけた言葉かもしれません。
けれど、ある程度の年月を生きてきた今、この言葉を聞くと、少し複雑な気持ちになる方もいるのではないでしょうか。
好かれようとして、無理をした日がありました。
言いたいことを飲み込んで、その場の空気を守った日もありました。
それでも、人との関係がすっきりうまくいったとは言いきれません。
そうした経験を重ねてきた人ほど、「好かれることが大事」という言葉を、どこか軽く感じてしまうものです。
今回取り上げるのは、その「軽く聞こえる言葉」を、人生の一番の土台だと言い切った人の一節です。
中村天風が「人生の一番の根本」と呼んだもの
何をおいても、かにをおいても、一番先に必要なことは、「他人に好かれる人間にならなければいけない」ということであります。
なんでもないことのようですが、これが、もう人生の一番の根本基礎なんであります。
どんなに学問ができようが、どんなに経験を積もうが、どんな手腕をもっている人間であろうが、他人に好かれない人間というものは、もうだんぜん、有意義な幸福な人生に生きられないんですよ。
(出典:中村天風『君に成功を贈る』)
中村天風は、明治から昭和にかけて生きた思想家です。
若い頃に重い病を患い、生きる答えを求めて海外を巡った末に、心の持ち方を説くようになったと伝えられています。
その教えは、多くの経営者にも影響を与えたことで知られています。
引用した文章は、まるで目の前で話しかけられているような口調です。
だからこそ、飾りのない言葉がまっすぐ届いてきます。
ここで目を留めたいのは、天風が挙げている三つのものです。
「学問」「経験」「手腕」。
手腕とは、物事をうまく進める実際の力、つまり「腕前」のことです。
どれも、真面目に生きてきた人が、長い時間をかけて手に入れてきたものではないでしょうか。
天風は、それらを否定しているわけではありません。
ただ、それをどれだけ積み上げても、人に好かれないのであれば、有意義で幸せな人生にはならない。
そう言っているのです。 正直なところ、少し耳の痛い言葉だと感じる方もいるはずです。
努力してきた人ほど、この言葉に引っかかる理由
なぜ、この言葉は胸に引っかかるのでしょうか。
ひとつには、「好かれる」ということが、自分では確かめられないものだからだと考えられます。
資格や知識は、積み上げた分だけ手元に残ります。
仕事の経験も、年数として数えることができます。
けれど「好かれているかどうか」は、相手の心の中にしかありません。
どれだけ頑張っても、目に見える形で手元には残らないのです。
だから真面目な人ほど、確かめられるほうに力を注いできました。
それは決して間違いではありません。
むしろ、誠実さの表れだと言えるでしょう。
税理士という仕事柄、私はたくさんの経営者や個人事業主の方と、数字をはさんで向き合ってきました。
決算の数字は悪くないのに、表情が晴れない方がいます。
話を聞いていくと、悩みの中心にあるのは、たいてい数字の向こう側にいる「人」のことでした。
社員のこと、取引先のこと、家族のこと。
技術や知識では、どうにもならない場所で、人は立ち止まるのだと感じてきました。
そして、そうした場面で、ぽつりとこぼれる本音があります。
「嫌われないように気をつけてきた年月のぶんだけ、好かれることからは、かえって遠ざかっていた気がする」
この一文の中に、天風の言葉を読み解く手がかりがあるように思います。
「嫌われない」と「好かれる」は、まったく別のもの
私たちはよく、「嫌われない」ことと「好かれる」ことを、同じものだと考えてしまいます。
けれど、この二つは似ているようで、向いている方向が違います。
嫌われないように生きるのは、家の窓をすべて閉めて、すきま風を防ぐようなものです。
寒さはしのげます。
けれど、光も、気持ちのいい風も入ってきません。
一方で、好かれるというのは、窓を少しだけ開けて、家の中の明かりが外から見えるようにすることに近いのかもしれません。
通りがかった人が「あ、あそこには誰かがいるんだな」と感じられる。
その温かさに、人は自然と引き寄せられていきます。
もうひとつ、区別しておきたいものがあります。
それは「媚びる」ことです。
媚びるとは、気に入られようとして、自分を曲げて相手に合わせることです。
媚びる人は、相手の「評価」を見ています。
好かれる人は、相手「そのもの」を見ています。
外から見ると似た振る舞いでも、心の向きがまったく違うのです。
天風が言う「好かれる人間」とは、おそらく人気者のことではありません。
一緒にいると、なんとなくほっとする人。
この人と関わってよかったと思ってもらえる人。
そうした人のことではないでしょうか。
ちなみに、アメリカのハーバード大学で80年以上続けられている、人の一生を追いかける研究があります。
そこでは、人の幸せや健康に深く関わっていたのは、お金や地位よりも、身近な人との関係の温かさだったと報告されています。
天風の言葉は、時代を越えて、同じ場所を指しているのかもしれません。
事例① 腕は確かなのに、人が離れていった工房の親方
ここからは、実際にあった話をもとに、個人が特定されないよう状況を大きく変えてご紹介します。
ある地方に、手作り家具の小さな工房がありました。
親方の腕は地域でも評判で、注文は途切れることがありません。
ところが、弟子入りした若い職人たちが、一年ももたずに辞めていってしまうのです。
親方は「今の若い人は根気がない」と話していました。
けれど、ある時ふと聞かれたそうです。
「最後に弟子をほめたのは、いつですか」と。
親方は、答えられませんでした。
振り返ってみると、自分が弟子に声をかけるのは、失敗を直すときだけだったのです。
ほめなかったのは、意地悪だったからではありません。
「良い仕事は当たり前」だと思っていたからでした。
そこで親方は、ひとつだけ始めてみました。
一日の終わりに、その日気づいた良いところを、一言だけ伝えることです。
「今日の角の仕上げ、きれいだったな」 それだけです。
半年ほどたった頃、若い職人のひとりが、こう話したそうです。
「親方がちゃんと見てくれていると思うと、続けられるんです」
親方の腕前は、何も変わっていません。
変わったのは、その腕前が、人に届くようになったことでした。
天風の言う「手腕」も、人とのあいだに橋がかかったとき、はじめて生きてくるのだと考えられます。
事例② 誰にも嫌われないように生きてきた人が気づいたこと
もうひとつ、まったく別の方の話です。
五十代のある女性は、職場でも地域でも「頼めば断らない人」として知られていました。
会議の準備も、行事の片づけも、誰かの急な穴埋めも、いつも笑顔で引き受けてきました。
けれど、ある夜、ふと思ったそうです。
「私はいい人だと思われている。でも、たぶん誰にも好かれてはいない」
それは、とても寂しい気づきでした。
人に合わせ続けるうちに、自分がどんな人間なのか、周りから見えなくなっていたのです。
そこにいるのは「便利な人」であって、「その人自身」ではありませんでした。
彼女は、小さなことから変えてみました。
頼まれごとを断るときに、代わりの案を添える。
「今日は難しいのですが、来週なら手伝えます」と。
それから、雑談の中で、自分の好みを少しだけ口にするようにしました。
「私は、こっちの色のほうが好きです」と。
すると、思いがけないことが起きました。
同僚から「最近、話しやすくなりましたね」と言われたのです。
人は、何でも合わせてくれる人よりも、そこに「誰か」がいると感じられる人に、心を開くのかもしれません。
好かれるとは、自分を消すことではなく、自分を少しだけ見せることなのだと考えられます。
好かれる人が、何気なくしていること
二つの事例から見えてくるのは、好かれることは「性格」よりも「日々の小さな振る舞い」の積み重ねだということです。
ここでは、好かれる人が何気なくしていることを、いくつか考えてみます。
まず一つ目は、正しさより先に、相手の気持ちを受け取ることです。
経験を積んだ人ほど、相手の話の途中で、答えが見えてしまいます。
つい「それはこうすればいい」と言いたくなるものです。
けれど、相手が本当に求めているのは、正解より先に「そうだったんですね」という一言なのかもしれません。
二つ目は、自分の機嫌を自分で整えることです。
天風は、前向きで明るい心の持ち方を大切にした人として知られています。
周りの人にとって、あなたの機嫌は「天気」のようなものです。
いつも曇り空の人のそばでは、誰も洗濯物を干す気になれません。
無理に明るくふるまう必要はありませんが、不機嫌を人にぶつけないだけで、周りの空気はずいぶん変わります。
三つ目は、相手の良いところを見つけて、伝えることです。
これは、事例の親方がしたことそのものです。
人は、自分をちゃんと見てくれている人のことを、好きになります。
そして四つ目は、自分自身を粗末にしないことです。
自分を責めてばかりいる人は、どうしても表情が硬くなります。
自分に向ける目が少しやわらぐと、人に向ける目も自然とやわらいでいきます。
好かれる人は、自分とも仲直りしている人なのかもしれません。
まずは今日から、ひとつだけ始めてみる
ここまで読んで、「わかってはいるけれど、今さら自分を変えるのは難しい」と感じた方もいるかもしれません。
その感覚は、とても自然なものです。
長く生きてきた分だけ、自分のやり方があるのは当たり前のことです。
だからこそ、全部を変えようとしなくて大丈夫です。
まずは、次のうちどれかひとつから始めてみるのも一つです。
朝のあいさつに、相手の名前を添えてみる。
「ありがとう」のあとに、何が助かったのかを一言足してみる。
一日の終わりに、「今日、誰かの良いところを見たかな」と振り返ってみる。
断るときに、代わりにできることを一つ添えてみる。
どれも、特別な才能はいりません。
けれど、こうした小さな一言が、窓を少し開けることになります。
経営をされている方であれば、社員や取引先との関係に、そのまま置き換えられるはずです。
数字や仕組みを整えることも大切です。
それと同じくらい、「この人のもとで働きたい」「この人と取引を続けたい」と思ってもらえることが、会社を長く支える力になるのではないでしょうか。

まとめ 好かれることは、自分をすり減らすことではない
中村天風は、他人に好かれることを「人生の一番の根本基礎」だと言いました。
初めて読んだときは、あまりに単純な言葉に聞こえるかもしれません。
けれど、ここまで考えてきたように、天風の言う「好かれる」は、人に合わせて自分をすり減らすことではありません。
相手をちゃんと見ること。
自分の機嫌を自分で引き受けること。
そして、自分という人間を、少しだけ外に見せること。
そうした日々の姿勢のことなのだと考えられます。
もしあなたが、これまで学んできたこと、積んできた経験、磨いてきた腕前に、どこかむなしさを感じているとしたら。
それは、努力が無駄だったからではありません。
その努力が、まだ人との橋を渡りきっていないだけなのかもしれません。
橋は、今日の一言からかけ始めることができます。
年齢も、これまでの生き方も関係ありません。
むしろ、ちゃんと生きてきた人ほど、渡す橋の上に載せられるものがたくさんあります。
あなたが積み上げてきたものは、人とつながったとき、きっと本当の意味で生き始めます。
その最初の一歩として、まずは身近な誰かの名前を、少しやわらかく呼んでみてはいかがでしょうか。

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