「ありがとう」と言って、聞いてみる 〜坂東玉三郎さんの言葉から考える、経験を重ねた人の素直さ〜
長く生きてくると、人から何かを指摘される機会は少しずつ減っていきます。
立場が上がり、任される仕事が増え、頼られる側に回ることが多くなるからです。
それは、これまで誠実に積み重ねてきた証でもあります。
ただ、その分だけ難しくなることがあります。
人の言葉を、そのまま受け取ることです。
「素直さが大切」という言葉は、何度も聞いてきました。
頭では分かっています。
それなのに、できない日がある。
簡単な正解では、もう心が動かなくなっている。
今回は、そうした場所で立ち止まっている方に向けて、歌舞伎の女形(おんながた:歌舞伎で女性の役を演じる男性の俳優)である坂東玉三郎さんの言葉を手がかりに、考えてみたいと思います。
経験を重ねるほど、人の話が入りにくくなる理由
長く使ってきた地図を思い浮かべてみてください。
余白には書き込みがいっぱいです。
「ここは渋滞する」「この角を曲がると近い」。
どれも、自分の足で歩いて確かめてきた知恵です。
そこへ誰かが「こっちの道のほうが早いですよ」と言ってきます。
多くの場合、私たちはこう思います。
「その道なら知っている」と。
実際に知っていることも多いのです。
けれど、地図の書き込みが増えるほど、新しい道を書き足す余白は狭くなっていきます。
税理士として、たくさんの経営者や個人事業主の方とお話ししてきました。
長く事業を続けてきた方ほど、判断が早く、筋が通っています。
その一方で、周りの人の意見を前にしたとき、ふと表情が硬くなる場面にも出会ってきました。
そこにあるのは、頑固さではないように思います。
もっと静かで、もっと複雑な気持ちです。
「人の言うことが正しいのは分かっている。それでも素直にうなずいたら、自分なりに考えてやってきた年月まで、まるごと否定される気がする」
この気持ちを抱えたまま、玉三郎さんの言葉を読んでみたいと思います。
坂東玉三郎さんが語った「人には変えられないもの」
玉三郎さんは歌舞伎の家ではなく料亭を営む家に生まれ、幼いころに患った小児麻痺の後遺症のリハビリとして日本舞踊を習い始めたことが、この道に入るきっかけになったと紹介されています。
その後、人間国宝にまでなった女形として知られています。
その玉三郎さんが、雑誌『致知』のインタビューで、こう語っています。
意識だけは教えることができないんです。
これだけは人が変えてあげることはできないと思います。
あとは素直に人の話を聞くことですかね。
—『致知』2014年8月号(致知出版社)五代目 坂東玉三郎
ここでいう「意識」とは、物事に向かう心の向きのようなものだと考えられます。
心の向きは、部屋のドアに似ています。
このドアには、内側にしか取っ手がついていません。
外にいる人がどれだけ親切にノックしても、開けられるのは中にいる本人だけです。
けれど玉三郎さんは、そこで話を終えていません。
「あとは素直に人の話を聞くこと」と続けています。
ドアを開けるのは自分にしかできない。
そして、そのドアを開ける手がかりが、人の話を素直に聞くことなのかもしれません。
本誌では、若いころの玉三郎さんに、通りすがりの先輩方が衣装の襟の合わせや裾、化粧の仕方などについて気軽に声をかけてくれたこと、そして玉三郎さんはそれを翌日にはすぐ直していたことが語られています。
草履の紐の話が教えてくれる「聞き方」
さらに本誌では、玉三郎さんの養父がたびたび語っていたという、ある話が紹介されています。
玉三郎さんが「守田の祖父」と呼ぶ十三代目守田勘彌さんには、草履の紐がほどけたまま花道から出ていく役がありました。
紐がほどけているのは、役として意図されたものです。
ところが出番の前、通りがかった端役(はやく:主要ではない小さな役)の俳優が「旦那、草履の紐、解けてますよ」と声をかけました。
祖父は「ありがとう」と言って、その場で紐を結び、舞台に出る直前にまたほどいて出て行ったそうです。
あとで養父がその理由を尋ねると、祖父はこう答えたと紹介されています。
「これは解けているもんだよと言ったら、その人は何かあっても二度と教えてくれないだろう。ありがとうと言って聞かなきゃいけない」
—『致知』2014年8月号(致知出版社)五代目 坂東玉三郎
ここで、ひとつ考えてみたいことがあります。
「これは役だから、ほどけていていいんだよ」と答えるのは、事実としては正しいはずです。
間違ったことは何も言っていません。
それでも祖父は、正しさよりも別のものを守りました。
声をかけてくれた人が、次もまた声をかけられる関係です。
端役の俳優が、看板役者に注意をするのは勇気がいることだったでしょう。
その勇気に対して「知っているよ」と返せば、相手の口は閉じてしまいます。
こう考えると、「ありがとう」は相手の言葉が正しかったかどうかへの返事ではないのかもしれません。
声をかけてくれたこと、そのものへの返事です。
素直さとは、自分を低くすることではないと考えられます。
教えてくれる人の勇気を、大切に受け取ることです。
そう捉え直すと、先ほどの「これまでの年月を否定される気がする」という気持ちも、少し和らぐのではないでしょうか。
ありがとうと言うことは、自分の経験を手放すことではありません。
経験はそのままに、受け取る器をもう一つ持つことなのです。
事例① 若手社員の一言に「ありがとう」と返した社長
ここからは、実際にあった話をもとに、個人が特定されないよう状況を大きく変えてご紹介します。
地域で長く続く、ある食品卸の会社がありました。
二代目の社長は五十代後半。
現場も数字も知り尽くした、頼れる経営者です。
ある日、入社二年目の経理担当の社員が、遠慮がちに言いました。
「毎月の集計、今の仕組みなら自動でできるかもしれません」
社長の口から、思わず言葉が出かかりました。
「それは前に検討して、見送ったんだ」
実際、数年前に一度検討していたのです。
けれど社長は、その言葉をのみ込みました。
そして「ありがとう。もう一度、調べてみてくれるかな」と返したそうです。
結果として、その提案がすべて採用されたわけではありません。
ただ、その後、その社員は小さな気づきを持ってくるようになりました。
半年ほどたった頃には、取引先の請求の食い違いに早い段階で気づき、大きな手戻りを防いだこともあったそうです。
社長はのちに、こう話していました。
「あのとき『知っている』と言っていたら、あの請求のことも、たぶん誰も教えてくれなかった」
残ったのは、提案の中身よりも、言ってもらえる関係でした。
草履の紐の話と、どこか重なって見えてきます。
運命は変えられない。でも、受け止め方は選び直せる
玉三郎さんは、自分の歩みについて、意外なほど控えめに語っています。
これは運命です。私の努力とは関係ない。努力は私以上にしている人はたくさんいます。
そして、こう続けています。
運命は変えられない。でも、解釈を変えることはできるでしょう。
—『致知』2014年8月号(致知出版社)五代目 坂東玉三郎
本誌では、小児麻痺という「マイナスのカード」は不運ともいえるけれど、それが歌舞伎への道へ導いたと考えれば幸運だったともいえる、と語られています。
「解釈」とは、出来事の受け止め方のことです。
同じ一枚の写真でも、どんな額縁に入れるかで見え方は変わります。
写っているものは同じです。
けれど、それを「つらかった時期の記録」として飾るか、「今につながる一枚」として飾るかは、選び直すことができます。
ここで大切なのは、無理に「良かったこと」にしなくていい、という点ではないでしょうか。
つらかったことは、つらかったのです。
ただ、その出来事にずっと同じ名札をつけておかなくてもいい。
人生をちゃんと生きてきた人ほど、心の引き出しには、名札をつけたままの出来事がいくつもしまわれているように思います。
事例② 「失敗」と呼んできた数年に、別の名前をつけた人
もうひとつ、まったく別の方の話です。
六十歳を少し過ぎたある男性は、若いころに小さな飲食店を開きました。
けれど数年で店を閉じることになりました。
それ以来、その数年間を「失敗」と呼び、人にはあまり話してこなかったそうです。
その後、別の仕事で長く働き、やがて地域で開業を考える人の相談に乗る役目を任されるようになりました。
ある相談の席で、ふと自分の店の話をしたことがありました。
仕入れで失敗したこと。
売上の見通しが甘かったこと。
閉めると決めた夜のこと。
すると、緊張していた相談者の表情が、ふっとゆるんだそうです。
「そういう話が、いちばん聞きたかったんです」と。
男性は、こう振り返っていました。
「あの数年がなかったら、今の自分の言葉はなかった」
店を閉じたという事実は、何も変わっていません。
変わったのは、その数年につけていた名札です。
「失敗」から「人の役に立てる経験」へ。
玉三郎さんの言う「解釈を変える」とは、こういうことなのかもしれません。
伝えようとしなくても、伝わっていくもの
インタビューの終わりで、玉三郎さんはこれからの時代について語っています。
本誌では、豊かで便利になった今は、不幸を深く感じない代わりに幸せも薄くなるかもしれない、と述べたうえで、それでも若い人にも歌舞伎の将来にも絶望はしていない、と語られています。
そこで出てくるのが「飛び火」という言葉です。
直に会っていないのに伝わることってあるんです。逆に直に伝えたがために伝わらないこともある。
—『致知』2014年8月号(致知出版社)五代目 坂東玉三郎
経験を重ねた人ほど、「伝えなければ」と思うものです。
部下に、子どもに、後を継ぐ人に。
けれど、伝えようとすればするほど、相手が少し遠ざかっていく。
そんな場面に心当たりのある方もいるのではないでしょうか。
火は、手から手へ渡そうとすると、かえって消えてしまうことがあります。
けれど、しっかり燃えている場所からは、思いがけず火の粉が飛び、離れたところに火がつきます。
玉三郎さんは、こう結んでいます。
飛び火することを祈って、きょうに最善を尽くし、行き届いた時間を過ごすしかないんです
—『致知』2014年8月号(致知出版社)五代目 坂東玉三郎
「行き届いた」とは、細かいところまで心が配られている、という意味です。
大きなことを成し遂げるより、今日という一日の隅々まで心を配る。
それが、いちばん遠くまで届く方法なのかもしれません。
事例③ 直接教わっていないのに受け継がれた「ひと手間」
三つ目は、ある小さな会社の話です。
その会社には、長く経理を担ってきたベテランの女性がいました。
口数が少なく、後輩に何かを説いて聞かせるような人ではありませんでした。
ただ、彼女には一つの習慣がありました。
回ってきた書類に、小さな付箋で「この件、確認済みです」と一言添えて戻すことです。
受け取った人は、それだけで安心して次の仕事に移れました。
彼女が退職したとき、後任との引き継ぎはわずか二週間ほどでした。
付箋のことは、引き継ぎの資料にも書かれていませんでした。
ところが数年後、その会社では営業の人たちまでが、書類に一言の付箋を添えるようになっていました。
誰が始めたのかを、はっきり覚えている人はもういません。
入社したばかりの社員は、彼女に会ったことすらありません。
それでも、ひと手間は残りました。
直に教えなかったからこそ、押しつけにならずに広がったのだと考えられます。
今日から始められる、三つの小さなこと
ここまで読んで、「考え方は分かった。でも、何から始めればいいのだろう」と感じた方もいるかもしれません。
大きく変わろうとしなくて大丈夫です。
まずは、次のうちどれか一つから始めてみるのも一つです。
一つ目は、言われたら、まず「ありがとう」から始めることです。
受け入れるかどうかは、そのあとで決めればかまいません。
判断と返事を分けるだけで、相手との関係は守られます。
二つ目は、心の引き出しにある出来事を一つだけ取り出して、別の名前をつけてみることです。
「あの遠回りがあったから、今の自分が持っているものは何だろう」。
紙に一行書くだけでも十分です。
三つ目は、今日の仕事のどこか一か所を「行き届かせる」ことです。
メールの最後に一言添える。
机の上を整えてから帰る。
誰に見せるためでもない、小さなひと手間です。
経営をされている方であれば、一つ目はそのまま会社の空気につながります。
社長が「ありがとう」と受け取る会社では、社員は小さな異変を早めに口にするようになります。
それは、どんな仕組みにも負けない、会社を守る力になるのではないでしょうか。

まとめ きょうを丁寧に生きることが、いちばん遠くまで届く
玉三郎さんの言葉をたどってみると、一本の線が見えてきます。
心の向きは、誰にも外から変えられない。
だからこそ、人の話を素直に聞く。
素直に聞くとは、声をかけてくれた人の勇気に「ありがとう」と返すこと。
運命は変えられなくても、受け止め方は選び直せる。
そして、伝えようと力むよりも、今日を行き届いた一日にすることで、いつかどこかに火が移っていく。
経験を重ねた人が素直になるのは、若いころよりずっと難しいことです。
守りたいものが、それだけ増えているからです。
けれど、その難しさを知っている人の「ありがとう」には、若いころにはなかった重みがあります。
これまでの年月は、何ひとつ否定されません。
その上に、もう一つ受け取る器を置くだけです。
今日、誰かに何かを言われたら。
まずは「ありがとう」と言って、聞いてみる。
そこから始めてみてはいかがでしょうか。

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